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北川 のぶよ アル 秋田 厨川 |
strc:1002636467 wakwak:1307483192 shoshinsha:234741638 hound:1535416471 organo:793532222 |
投稿者: 投稿日:2005/02/11(金)20時24分06秒 ■ ★ @TRPG 第五十二回「みなぞこより這いきたる…」 その町は捨てられた町だった。漁獲高の減少に伴い秋野市は廃市と なり秋野町と名称を変える。プレイヤーがこの町を訪れる理由は 色々だろうが、どれもたいした理由ではない。観光資源というほど のものもこの町にはないのだ。せいぜい市の北部にある団地が巨大 な廃墟と化して一部のマニアの好事を誘っていること、中南米 からの移民が多く生活していることくらいだろうか。 これは眉唾な噂だが、一部スポーツ紙がこの街で脳髄が吸われた 犬や猫の死体が発見されていると報じている。これはチュカハプラ というUMAの仕業だというのが記事の説明するところだ…
のぶよ : 「あたくし、社命で秋野町とかいうへんぴなところに鉢植えを届けに行くところですの」投稿者: 投稿日:2005/02/11(金)22時07分40秒 ■ ★ 秋野市マップ 11□□□□□0606□□□□□‖□ 01:見返橋 □□□□□□0606□□□□■‖□ 02:秋野駅 □□05□□□□□□□□■■‖□ 03:士野枯の淵・図書館 □□□□□03□□□□01□□‖□ 04:あきの港(附:鮮魚市場) □□□□■□□□□■□□□‖□ 05:住宅地 □□□■□□□□■□□□□‖□ 06:旧秋野団地 □□■□□□□■■□□0812‖□ 07:秋野町役場(旧:市役所)・警察署 □■□□□□□■□□□□□02□ 08:あきの商店街 ■■■■04□■■□□□07□‖□ 09:自動販売機コーナー ■■■■■13■■□□□□□‖□ 10:灯台・波止場 ■■■■■■■■■□□□□‖□ 11:電波塔 12:あきの病院 ■■■■■■■■■■□□□‖□ 13:大鳥居 ‖:線路 ■■■■■■■■■■□□□‖□ □:陸地・田畑など ■■■■■■■■■■10□□‖09 ■:河川・海
Keeper : 北川の疑問に答えると移民がはじまったのは今の市長が市議時代に のぶよ組 現在時刻 14:50秋田組 現在時刻 13:10士野枯の淵の工事に関する覚書 投稿者: 投稿日:2005/02/12(土)00時41分41秒 ■ ★ S47.6.12 先般の震災による士野枯の淵の小湧水に対する水質汚染に 関して。 先般の震災により湧水をの水源である地下水脈と地下に走る海からの 水路の間に大きな亀裂が生じ小湧水に対する大規模な水質汚染が発生 している。古来当池は飲料水として扱われており、また湧水に対する 土着信仰もあるため、住民の意向を鑑み原因を究明しこれを早期に塞 ぐ必要がありと思われる。 S47.12 音波による調査により大鳥居近くの洞窟から亀裂の発生した 点に近づき約10mほどのサックツにより当該亀裂に向かえる。 S48.2.17 地下水脈の工事による初の事故死者 S48.5.13 地下水脈の工事による死亡者数約18名を数える S48.6.13 地下水脈の工事による死亡者数約35名を数える。妖怪でろ でろなど奇怪な風説が飛び交う S48.8.13 大事故、不可解極まる 死亡者 78名 S48.10.13 諏訪大社より神主を呼び慰霊 本日まで死者82名 ケガ人は30 0名を超える S49.5.13 物理的な工事完了、大社により鎮石が置かれ宮が建立される あきの郷土史 投稿者: 投稿日:2005/02/12(土)00時40分58秒 ■ ★ ・あきのの地名の由来 秋野は港湾を有する穏やかな土地柄です。秋野の名前は鎌倉時代の歌 人壬生惟継の唄にも「あきのぢのしほのかほりにさはぐかや」などの 唄に歌われる古いもので、集落は平安時代の頃に形成されたと言われ ています。古来から漁獲に恵まれ海神信仰が盛んです。 ・あきのの伝承 秋野では海神信仰が盛んです。山彦(火遠理命)の妻トヨタマヒメを主 神とし、港には大鳥居が作られています。この地方でトヨタマヒメは 海蛇を抱く移り気な女性として描かれており、その日の気まぐれで人 々に幸福や不幸を授けるといわれています。この海蛇を抱く姿からこ の地方では別にトヨタマヒメの事をオロチ様と呼び習わしています。 後代、これがヤマタノオロチの神話と関連付けられ倭健命に対する信 仰も篤くなりました。 ・あきのの妖怪 妖怪でろでろはあきのに古くから伝わる妖怪です。奇怪な灰色の体を した小人といわれています。でろでろは海から陸にあがり、人や牛を 害するといわれ、人に食われた魚の霊が形をとるものといわれていま す。昔はでろでろは多く人に害したそうですが、大鳥居ができたこと によりでろでろは陸にのぼれなくなったと言われています。 ・士野枯の淵 士野枯の淵は昔平家の落人がここに逃れ水を飲んだ場所といわれてい ます。士野枯の淵には湧水が二箇所あり大淵と小淵とそれぞれ呼びな わされています。落人たちのおおくは大淵に群がり源氏の流した毒で 死に、小淵にいた落人たちは助かりました。悲嘆にくれる残りの落人 たちですが、村の親切な女房に招かれ食事をすることになります。し かしこの食事にも毒が盛られておりこの落人達はひとり残らず命を失 います。女房はその後悪夢に悩まされ柳で首を釣り果てたといいます。 小淵のほとりに今もある柳林は女房が首をつった当時そのままといわ れています。